「国際紛争ケースブックをつくろう」教員・SA・受講生インタビュー【2】

【1】の続きです。

4.元受講生がSAを務める意義と留意点

中澤 ありがとうございます。では、そういった八尾さんのような、受講生だった学生が翌年度以降にSAを担当することの意義についてもお伺いしたいなと思うのですけれども、まず中村先生からお願いします。

中村 今八尾さんの一連のお話を聞いていても改めて思ったのですが、元受講生だからこそ、学生がつまずきやすいところに気付きやすいのだろうなと思います。もちろん、僕も気を付けてグループワークを見ているつもりなのですけれども、年々自分が学生だったときの感覚が薄れていくということもあり、ケアしきれないところがどうしても出てきてしまいます。例えば、今年度も、もう自明のことだと思っていた文献の調べ方については割合軽く流してやっていたのですけれども、あるグループはそこの時点からちょっとつまずきかけていたところを八尾さんが素早く察知してくれるということがありました。そこで、僕と相談のうえで、こういう文献の調べ方がありますよと「SAからのお知らせ」という形で連絡してもらったりしました。そういったことができるのは、SAなのだけれども、学生だから学生目線も持っているがゆえですよね。それはもちろん元受講生じゃなくても、SAであれば言えることではあるのですけれども、自分自身が前の年とか前の前の年に受けていたということで、より学生のつまずきやすいところが分かるのではないかなと。

それから、八尾さんのような元受講生で今SAやっている方の姿を今の受講生が見て、自分もああいうふうな先輩になろうと頑張るという、ある種のロールモデルとしてほしいという思いもあります。

中澤 ありがとうございます。八尾さんは、受講生がSAになることについてどんな意義があると考えていますか。

八尾 ほとんど中村先生が言っていただいたことと同じなのですが、SAの立場からの利点を挙げれば、受講生の目線で見えていたこととSAの目線から見えることとは若干違っているので、そういった意味で常に新しい学びを得られるということがあります。受講生の立場からは、SAが全く違う分野の人や、その授業についてあまり詳しくない人である場合よりも履修経験のある人のほうが相談しやすいという利点があるのではないでしょうか。

中澤 ありがとうございます。今は受講生がSAをすることのメリットの面をお伺いしたのですけれども、ほかに何か困ったことや留意すべき点があったかどうかというのをまず八尾さんから教えてください。

八尾 困った点は特にありませんが、留意すべき点としては、自分に履修経験があるために、思い入れが強くなり過ぎるという部分があります。この授業はある程度学生の自律性を尊重する授業であり、あまりSAや先生が口出しをし過ぎるのは望ましくないので、その辺りのバランスを見極めるのは思い入れのある人ほど難しいことだと思います。

中澤 八尾さんはそのあたりは、どういった感じで判断されていたんですか。

八尾 先程のように、文献の調べ方が分からないといった基本的なところでつまずいていたら積極的にヘルプに入りましたが、それ以外のケースブックの内容に関するところは、結構受講生の皆さんの自律性にお任せするところが多かったと記憶しています。

中澤 ありがとうございます。今度は中村さん、何か困ったことや留意すべき点はありましたか。

中村 実はそれがなかなか僕のほうでは見つからなくて、今日ご本人の話を聞いてみて、次年度以降の改善につなげられたらと思っていたところです。なので、今おっしゃったことに引き付けて言うと、思い入れが強くなり過ぎてというところで、なるほどと思いました。SAをお願いする側の教員としては、SA業務とご自身の研究・学習とのバランスに配慮して、業務が過度の負担にならないように留意する必要がありそうですね。

中澤 ちなみに、「SAの八尾さんです」と受講生に紹介する時に、中村先生は「元受講生です」ということも付け加えているのですよね。

中村 はい、そういった紹介をしています。その意図としては、もちろん過度の負担にはならないようにという前提でですけれども、教員だけでなくSAさんにも積極的に質問したり、困っていることを相談したりしていいんだよという雰囲気を作りたいためです。また、先程いったように、ある種のロールモデルとして捉えてほしいということもあるので、「元受講者です」というのは積極的に紹介しています。

中澤 特に授業を支援する学生スタッフの研究ですと、教員が学生スタッフにロールモデルになってほしいと求めることが言及されているので、まさにその話だなと聞いていて思いました。

中村 なるほど、そういった研究があるのですね。面白いです。

中澤 そうなんです。思い入れが強くなるというのも、すごく分かるなと思いました。やはり元受講生には授業のゴールが見えているので、SAとして学生がやっているのを見ている時に、これがいい、悪いというのが判断しやすいと思うのです。そうすると、もっとこうすればいいのに…といったことがあったとしても、そこは授業の様子を見ながらSAとして適度な関わり方をするというのは確かに難しいのかもしれないなと聞いていて思いました。

5.学生が教材をつくる意義と留意点

中澤 では、最後に受講生自身が教材をつくるという授業の意義について聞ければと思います。まずは、中村先生、教員の観点からお願いします。

中村 教員のほうのねらいということでいくと、作っていく過程であれこれ調べたり考えたりすることになるし、記憶にも定着しやすいという点ですね。先程八尾さんも言ってくれましたけれども、授業外の時間をかなり使って調べてこないと授業中にグループワークができないので、自ずと勉強しますよね。そこは大きいかなと思います。ただし、受講生の負担は大きいので、そのあたりのケアがきちんとできないと、こういった授業の形式は嫌だと敬遠してしまう学生が多くなってしまうと思います。

中澤 その時に足場かけとして、先程八尾さんが初年度の時に中村先生がフォーマットを準備してくださっていたという、そういった足場かけが必要なのかなと思います。

中村 本当におっしゃるとおりで、セメスター前半を「改訂」の部、後半を「新規作成」としているのも、そういった意図があります。いきなり作るというところからいかないのは、いくら東大生といっても、いきなりケースブック作ってくださいと言われても、ハードルが高過ぎて心が折れちゃうかもしれないので、まずは既存のものに手を加えて良くしていくという、ちょっとジャンプすれば届くぐらいのゴール設定から始めています。まさしく足場かけですよね。

中澤 ありがとうございます。では、作ることで学ぶ授業の意義を今度は受講者・SAとしての観点で、八尾さん、いかがでしょうか。

八尾 中村先生がすでにおっしゃったように、自分で調べてケースブックにまとめるという作業をすることで、忘れにくい知識として蓄積されやすいのではないかと思います。ただし、この授業は全学自由研究ゼミナールと高度教養特殊演習との合併で、学部も学年もばらばらの学生が集まって何か一つのものを作るという授業なので、知識に差が出がちです。そこは授業外に視聴できる動画配信という形で中村先生が補ってくださいました。そういった意味で、適切な配慮があれば、とてもいい学びになるだろうというのが私の意見です。

中澤 ありがとうございます。では、今度は、受講生自身が教材をつくるという授業の注意すべき点について何か感じていることがあれば教えてください。八尾さん、いかがですか。

八尾 先程も申し上げましたが、やはり質の担保が難しいですね。例えば文献の調べ方が分からないといったところでつまずいてしまうと、その後がうまく立ち行かないので、適度に助け舟を出すことが必要だと思います。また、かなりのコミットメントが求められる授業なので、受講生の忙しさに左右されてしまうことは否めません。

中澤 ありがとうございます。中村先生はどうですか。

中村 学びを得るためには当然一定の労力を投じることは必要なのですけれども、この授業だけを学生たちは受けているわけでなくて、日本の場合は本当に1学期間に何コマも履修しなきゃいけないというのがあるので、そのあたりの配慮は教員として必要になりますよね。

中澤 学生の授業時間外の作業量をどのくらいにするかは難しいですよね。

中村 そうですね。グループ作業なので、受講生たちは授業外で予定を合わせて打ち合わせをしているのですけれども、日程を合わせるのがなかなか大変なようで、イマドキの学生は本当に忙しそうだなと思って見ています。

中澤 本当に忙しそうですよね。

中村 なので、あまりそういった部分でストレスにならないような配慮が教員の方で可能なようならば、してあげてもいいのかもしれないですね。

中澤 そうですね。先程の足場かけやそういった支援がこういったタイプの授業だと重要になるのかなということを、今日お話を聞いていて思いました。中村先生、八尾さん、本日はどうもありがとうございました。

中村・八尾 ありがとうございました。