「国際紛争ケースブックをつくろう」教員・SA・受講生インタビュー【1】

全学自由研究ゼミナール/高度教養特殊演習「国際紛争ケースブックをつくろう」では、国際紛争に関するケースブック(教材)を学生自身がつくるというアクティブラーニングが導入されています。導入のねらいや授業の様子について、担当教員である中村長史先生と、元受講生でその後スチューデントアシスタント(SA)を務めた八尾佳凜さんに、お話を伺いました。

【インタビュー概要】
日時:2023年1月23日
話し手:中村長史(教養学部附属教養教育高度化機構)、八尾佳凜(教養学部4年生)
聞き手:中澤明子(教養学部附属教養教育高度化機構)

【インタビュー目次】
1.授業の概要と目的・到達目標
2.受講生の感想
3.SAの感想
4.元受講生がSAを務める意義と留意点
5.学生が教材をつくる意義と留意点

1.授業の概要と目的・到達目標

中澤 「国際紛争ケースブックをつくろう」とは、どういった授業なのでしょうか。

中村 この授業は、学生自身が国際紛争ケースブックというものを作成することによって国際紛争について学ぶという授業です。複数の国際紛争の経緯や構図、原因等について調査・分析し、最終的にケースブックを作成します。その過程で、ある国際紛争に対する見方は決して一様ではないことに気づき、できる限り客観的に紛争を捉えるための方法を習得することを期待しています。

国際紛争ケースブックというのはちょっと聞きなじみがないものだと思いますけれども、法学部における判例や医学部における症例がたくさん載っている教材の国際紛争版といえばイメージが沸きやすいでしょうか。ただ、この授業では、そうした教材を学生自身がグループで作成するところに特徴があります。作っていく過程で紛争についていろいろなことを調べたり考えたりするので、それが一番学びになるだろうということで、2020年度に全学自由研究ゼミナール/高度教養特殊演習として初めて開講し、これまで3回開講してきました。

中澤 ケースブックを作った後は、どういうふうに活用するのでしょうか。

中村 活用法は大きく二つありまして、一つは自身が作成したケースブックや他のグループが作成したケースブックを他の授業での学習や卒論執筆の際に参照するというものです。

もう一つが、これはこの授業の大きな特徴かなと思いますけれども、次の年度のこの授業にケースブックを引き継いで、さらなる改善を次年度の受講生がやることになります。例えば、今日お越しの八尾さんは2020年度にボスニア紛争についてケースブックを作ってくださったのですけれども、それを2021年度の受講生のグループが改善をかけて、さらに2022年度も改善をかけてという形で―八尾さんはそれをSAとして今度は見守っていらっしゃったのですけれども―そういった形で学年を横断して引き継いでいきます。先輩が作ったもので学んで、さらにそれをより良くしていこうとするところが特徴かなと思います。

中澤 改善とは具体的にはどのようになされるのですか。情報が足されるとかでしょうか。

中村 大きくは二つありまして、一つはおっしゃるように情報が足されるということです。みんな頑張っていいものを作ってくれていますけれども、紛争の多くは複雑ですし、紛争に関する資料や書籍、論文は膨大にあるので、限られた期間内では調べきれないものです。実は他にも参考にすべき文献があるよということで、そうした文献に基づく情報を次の年度のグループが足してくれる例はよくみられます。

もう一つが、実は、情報を削るということです。みんな熱心に調べてくれて情報が盛りだくさんのケースブックが仕上がってくるのですけれども、ちょっとそれが難し過ぎて、その紛争のことをあまり知らない人が読むと何が何やらかえって分からなくなるみたいなことが起きがちです。ケースブックはあくまでも教材なので、これは成果物としては望ましくないものですから、先程とは逆に、情報を削ぎ落として整理するといった方向の改善をかけてくれるグループもあります。これも大事な改善だと思います。

中澤 面白いですね。各グループで作ったケースブックの評価は、教員だけではなく受講生相互にも行うのですか。

中村 大体いつも90分の授業の前半で、各グループ内でケースブック完成に向けたディスカッションをやるのですが、授業の後半ではグループ間のディスカッションをやります。大体毎学期4つとか5つのグループがあって異なる紛争を扱っているので、他のグループの人と意見交換をする時間を設けています。

ねらいとしては、まず自分達のグループが担当してない紛争についても多少なりとも知ることができるというのは、知識が増えるという意味で単純によいことかなと。それから、その紛争についてはあまり知らない人達からのコメントによって、自分達がやっていることは細かいことに走り過ぎていて大局的なところがつかみにくくなっているとか、先程言ったような改善のポイントに気付けることがあります。そういった効果を期待して、グループ間のディスカッションにも時間を割いているところです。

本授業の目的と到達目標

2.受講生の感想

中澤 授業やケースブックについてだいぶん分かってきました。では、2020年度に受講生だった八尾さんに当時のことをお伺いしたいなと思います。当時どういった気付きとか学びがあったかを教えてください。

八尾 紛争について調べるとき、レポート等ですと、この主体がどうこうして…といった結構細かいことに注意が向きがちだと思います。もちろん、紛争ケースブックでもそういったところは大事ですが、それだけでなく、紛争の構造的要因と直接的要因とを分けて考えたり、他の紛争とのつながりについても考えたりといったマクロな視点を得ることができるというのは紛争ケースブックのいいところですね。

他方で、授業までに参考文献から学んだことをまとめておくことが授業中のグループワークの前提とされるので、負担としては決して軽くないし、その辺りは覚悟の上で履修するべきだとも感じました。

中澤 2020年度ということは、この授業の初年度に受講されているのですね。先程の中村先生のお話に「引き継いで改善する」というのがありましたけれども、初年度だと引き継ぐものがないのかなと。新規作成の苦労や難しさはありましたか。

八尾 私の受講時は確かに初年度でしたが、元となるフォーマットは中村先生が既に作成してくださっていて、それを改訂するという形で進めました。そのため、完全にゼロの状態から始めたわけではなく、ケースブックをどういうふうに作ったらいいのか分からないということはありませんでした。

ただ、「ケースブックの改訂」を学期前半で済ませた後には「ケースブックの作成」という作業が始まります。改訂はプロトタイプがある分、どのくらいの分量で、どういった情報を盛り込むかということが分かりますが、新規作成は自分たちで最初から構成を考えなくてはならないので、やはり一味違った難しさがあるのではないかと思います。

本授業のスケジュール

3.SAの感想

中澤 その後、八尾さんは2021年度、2022年度とSAとして今度は授業に関わられたということですけれども、SAの立場としては何か気付いたことはありましたか。

八尾 実は「ケースブック改訂」について、年度を重ねていくごとに良いものができていくことを考えると、だんだん手を加えるのが難しくなってくるのではないかと懸念していました。しかしこれは杞憂で、どの年度でも鋭い観点からの追記や修正がなされていたことが非常に印象深かったです。

一方、この授業は全学自由研究ゼミナール(学部1・2年生)と高度教養特殊演習(学部3・4年生、大学院生)との合併なので、学年や学部による知識の差、それに起因する資料へのアクセス力という部分が、他の授業と比べて特に影響しやすいのかなとも感じました。

中澤 八尾さんは普段この授業でSAとしてどのようなサポートをされているのですか。

八尾 大きく分けて技術面のサポートと内容面のサポートの2つがあります。技術面では、発表の時にこういうものを用意してきてくださいといったような、連絡係のようなことをしていました。内容面に関しては、グループワークの巡回中に質問をお受けしたり、ケースブック提出前のグループでの発表に対してコメントや質問をさせていただいたりしました。

中澤 SAとしての八尾さん自身に何か学びはありましたか。

八尾 個別の紛争についての知識を深めるという意味での学びもありますが、それ以上に、「改訂」にせよ「作成」にせよ、学生の皆さんならではの新しい観点が毎年出てくるのが非常に面白いところだなと感じます。

【2】に続く